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東京高等裁判所 昭和36年(う)84号 判決

被告人 叶多繁

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金四千円に処する。

右罰金を完納することができないときは金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する

原審における訴訟費用中証人山田ケイ、同山田須江(各第一、二回)、同畑弘真、同畑孝尚、同妻木智之に各支給した分を除きその余は全部被告人の負担とする。

被告人に対し公職選挙法第二百五十二条第一項の規定を適用しない。

理由

所論は原判決判示訪問先の中、中村シン、野牧武義、長谷川コノ、大縄文子の四名に対してはいずれも戸別訪問又は選挙運動にならないとして原判決の事実誤認を主張するものであるが原判決挙示の証拠を総合すれば被告人は判示選挙に関し判示吉田勇之助に投票を得しめる目的をもつて右中村シン外三名方をも戸別に訪問した事実を認めることができる。

公職選挙法第百三十八条第一項違反の戸別訪問罪は選挙に関し投票を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて二人以上の選挙人方を戸々につき訪問することによつて成立し、必ずしも相手方居宅内に入つて面接することを要しないし、又相手方に対し特に来意を通じ相手方がこれを諒承することを要しない。しかして右戸別訪問が選挙運動に該ることは勿論というべきであるから仮に所論のように判示中村シンに対して挨拶した場所が同人自宅前道路上であり、野牧武義、長谷川コノ、大縄文子の三名が被告人の来意を諒承しなかつたとしても右の者等に対する本件戸別訪問罪の成立に消長を来すものではない。

論旨は理由がない。

しかしながら職権をもつて調査するに原判決は判示選挙区の選挙人であるとして飯塚洋子をも戸別訪問した旨判示しているのであるが、原判決が証拠とした同人の原審第五回公判廷における証言によれば同人は右選挙の当時未だ十九才であつて選挙権を有していなかつたことが明らかであるから同人に対する関係では戸別訪問罪を構成しないものといわなければならない。してみれば同人は成年に達し選挙権を有するとした原判決はこの点において判示事実と証拠との間に理由のくいちがいがあるもので破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第一項により原判決を破棄し、同法第四百条但書により当裁判所において更に次のとおり判決する。

当裁判所で認定する罪となるべき事実は原判決判示事実の中「右吉田の立候補届出後である」とあるのを「右吉田が同年四月八日立候補届出をした後である」と改め、「林定子外十名」とあるのを「林定子外九名」と訂正し、別紙一覧表中番号6飯塚洋子の欄の記載を削除する外原判決判示と同一であり、これを認めた証拠は原判決挙示の証拠中証人飯塚洋子の供述調書を削除し原審公判廷における被告人の供述、原審において適法に証拠調がなされ且つ取調官において強制尋問等をなしたと認むべき事跡がないので、任意になされ証拠能力があると認められる被告人の司法警察員に対する昭和三十四年四月二十九日付及び検察官に対する昭和三十四年五月四日付各供述調書、当審において証拠調をした品川区選挙管理委員会委員長岡崎釆女作成の選挙期日の告示のなされた日及び立候補届出日の調査について回答と題する書面を付加する外原判決挙示の証拠と同一である。

被告人の判示所為を法律に照らすに戸別訪問の点は公職選挙法第百三十八条第一項、第二百三十九条第三号罰金等臨時措置法第二条に、事前運動の点は同法第百二十九条、第二百三十九条第一号罰金等臨時措置法第二条に各該当するところ、右事前運動の罪と戸別訪問の罪は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから刑法第五十四条第一項前段、第十条により犯情の重いものと認める戸別訪問罪の刑に従い所定刑中罰金刑を選択しその所定金額の範囲内で被告人を罰金四千円に処し、同法第十八条により右罰金を完納することができないときは金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により原審における訴訟費用中証人山田ケイ同山田須江(各第一二回)、同畑弘真、同畑孝尚、同妻木智之に対して支給した分を除きその余は全部被告人の負担とし、なお公職選挙法第二百五十二条第三項により同条第一項の規定を被告人に適用しないこととする。

なお本件公訴事実中被告人は前記選挙に際し前記吉田勇之助が東京都品川区から立候補することを知り同人に投票を得しめる目的で昭和三十四年三月末頃選挙人である飯塚洋子をその住居に訪問したとの点については同人は右選挙の選挙権を有しないので罪とならないものであるが右の事実は前記認定の戸別訪問の罪と一罪をなすものとして起訴されたものであるから特に主文において無罪の言渡をしない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 岩田誠 渡辺辰吉 秋葉雄治)

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